●●○雪花-ゆきのはな- -2
「もう、どうせ彼氏と約束してるんなら、こんなトコに来なくてもいいじゃん」
独り言のつもりでそうぼやいた未穂だったが、やはり祐以はしっかりとそれを聞いていた。
「へえ、最近の女子高生って、みんな彼氏いるんだ?」
「残念ながら、『みんな』ではありませんよーだ」
例外が、目の前にいるではないか。
「でも私、未だに彼氏の概念が分からないんだよね」
未穂がぽつりと漏らす。
「さっきも言ったけど、ただ自分のものにしておきたいから、『彼氏』という呼び名で縛ってるだけにしか思えない。子どもが自分のおもちゃに名前を書いておくのと同じで。悪いけど、本当に恋だの愛だの分かってんの? って感じ」
「未穂さんは、恋愛に関して冷めてるんだね」
「さあ、どうなのかな。本気で人を好きになったことないから、よく分かんないけど」
その言葉を受けた祐以は、次に何と言うべきか言葉を探すように、暫く黙っていた。
そして、言った。
「恋人ごっこしよっか」
「は?」
「せっかくの、クリスマスイブだしね」
突拍子もない祐以の申し出に、未穂は大いに困った。
でも結局それを断るわけもなく、従うことになるのだが。
「どこか行くんなら、駅前広場にしようよ」
その未穂の提案により、祐以はいつものように雪永氏の車を拝借して出かけることにした(雪永氏は祐以に、未穂の面倒を見てくれる代わりに自分の車を自由に使っていいと約束しているのだ)。
「駅前広場って、何かあるの?」
そう尋ねた祐以に、未穂は少し自慢げに教えてくれた。
「そっか、霧沢くんは、この町に来て初めてのクリスマスだったっけ。あのね、毎年あそこに大きなクリスマスツリーが立つんだけど、イヴの夜が一番綺麗なんだよ」
駅前広場はアパートから車で十五分ほどの場所にあるのだが、学校に行くにしても何にしても祐以にとっては逆方向にあたるため、ここ数ヶ月は近寄っていない場所だった。
「そうなんだ、知らなかったな」
「雪が降ってる時はもう、すっごく綺麗なんだ」
そうこうしているうちに、例のツリーが見えてきた。
「駅の方まで行くと多分車停められないから、この辺から歩いて行こうか?」
祐以の提案に、未穂は首を横に振った。
「いいよ、ここからで。外に出たら、寒いもん」
未穂の言葉に従い、祐以はツリーの見える駐車場に車を停めた。
まだ陽が落ちたばかりの六時前である。
時間も早い上にこの雪、これほどツリーを見るのに適した場所にもかかわらず、まだほとんどがら空きだった。
エンジンを切ると、多少静寂が訪れた。
寒いので、車内暖房だけはつけておく。
フロントガラスに雪の花びらが落ちてきては、ひとつずつゆっくりと消えていった。
「あ、そうだ、未穂さん」
ふと思い出したように、祐以が声を発した。
「一応、用意して来たんだ」
そう言って祐以はコートのポケットから掌に載る大きさの箱を取り出した。
きちんと包装され、リボンまでかけられている。
「これ、クリスマスプレゼントなんだ」
「え………?」
思いっきり不意をつかれたように、未穂は呆然とその箱を見つめる。
「でも私、霧沢くんにプレゼントなんか何も……」
「いいんだ」
祐以は優しく微笑んで見せる。
「プレゼントなんかいいよ。ただ、未穂さんが俺の傍に、ここにいてくれるだけでいい」
未穂はさらにぽかんとした表情を見せた。
「――なーんて、我ながらクサいセリフだ」
少しおどけた祐以の言葉に、未穂も思わず吹き出した。
「霧沢くん、これ、空けてもいい?」
「どうぞ」
未穂が小箱をあけると、中から出てきたのは木彫りの人形だった。
ウサギの形をしているのだが、もちろんそれだけではなく――。
「オルゴール…?」
言いながら未穂は、その螺子を巻いた。
やがて、優しい金属の音色が車内に響いた。
二人とも、しばしその音色に耳を傾けていた。
そして次第に音がゆっくりになり、ぷつりと止まる。
しかし二人とも、その余韻を壊すのがもったいないのか、暫く黙ったままでいた。
やがて、その沈黙を壊したのは、未穂だった。
「霧沢くん、これ、何ていう曲?」
「某アーティストの、クリスマスソング」
某アーティストというのは、祐以が特に好きなアーティストのことを話題にする時に用いる呼び名だ。
「それって、どんな歌詞なの?」
未穂のその問いに祐以は、少し答えるのを躊躇ったようだった。
しかし少し間をおいて、祐以は答えた。
「愛し合っている恋人がいてね、クリスマスの夜を幸せに過ごしてるんだ。二人は、ずっと一緒にいられると信じていた。でもそれは、過去の出来事だったっていう、そんな詞」
「哀しい曲なんだ」
説明を聞いた未穂が、ぽつりと言った。
「何で?」
未穂の問いはその一言だったが、祐以には分かった。
何でそんな曲を、プレゼントに選んだのか。
「古代、哲学者のヘラクレイトスは、永遠なんて存在しない、万物は流転する、と言いました」
「……哲学者の話はいいってば」
「所詮人間が手にできるのは、永遠を信じる心だけなんだろうね」
「?」
何となく意味を図りきれない未穂は、相変わらず不思議そうな表情のままだ。
「例えば、結果的には分かれてしまった二人がいるとする。でも、一瞬でも永遠を信じることができたのなら、彼らはその瞬間、とても幸せだったはずでしょ? 逆に一度も永遠なんて信じなかったけど、常に別れの恐怖を感じていたけれど、結局別れなかった二人がいるとする。彼らは果たして本当に幸せだといえるのか。――そう思ったら、この歌の恋人たちは、十分幸せだったはずだよね」
「――何となく、分かるよ」
「俺は心配性な人間だから、一度でもずっと一緒にいるって約束されたら、ずっとその言葉にすがって生きてしまう。先々どうなるかなんて考えたくない。今ここに、目の前にある現実を、信じていたいんだ」
そこで祐以は、ちらりと未穂の表情を確認する。
「ある人はその不安をなくすために、必死に相手の心を繋ぎ止めようとする。ある人は相手に恋人とか親友という名前をつけて、安心している。ま、それでも別れる人は別れてしまうんだけどね」
一気にそれだけ話してしまうと、祐以はひとつ大きな溜息を吐いた。
「私はずっと、霧沢くんの傍にいたいな」
ずっと黙っていた未穂が、ぽつりと言った。
「その言葉がいつまでも真実であり続けることを、祈ってるよ」
そう言って祐以は微笑む。未穂もつられて笑みを浮かべた。
「大切にするからね、このオルゴール」
なんだか心の中一杯に、温かいものが広がったようだった。
現実は、雪の花びらのようなものだ。
時に冷たく残酷で、けれど時に美しく儚い。
雪は一晩中降り続け、街をただ白く覆い尽くしていった。
fin.
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「夏の日の夢」の過去編(半年ちょっと昔)です。
あっちの話のフォローをこっちで、こっちのフォローをあっちで、みたいなことになっていると思うんで、よければそちらも読んでみてください。
永遠とか幸せってなにかなぁ…と思いつつ書いた話です。
やはり昔の作品なので、我ながら文章力のなさに泣けてきます。
まあいずれにしても、私はこの二人を非常に気に入っています(特に、祐以くんにベタ惚れ)。
とにかくいい人な祐以くん、気が強くちょっと我儘だけどどこか脆いところもある未穂さん。
しかもこの二人の微妙で曖昧な関係も、私の好きなところであったりします。
てなわけで、もしかしたらこの二人の別ストーリーを、また書くかもしれません。
ちなみにキーワードとなるオルゴールの曲は、私の中ではB'zの「いつかのメリークリスマス」だったりします(笑)