●●○遺作 -4
+ + + 13th Track + + +
いつだったか、五人で飲みに行った時。月森さんと瞳華さんが、なんだか親密な様子で話しこんでいたことがあった。
あたしは悠莉がトイレに立った隙に、慎弥さんに尋ねた。
「ねぇ、慎弥さん?」
半分酔ったふりをして。
「何?」
「月森さんと瞳華さんって、付き合ってたんですか?」
「さぁ、俺知らないけど?」
「はぐらかさないでください」
あたしがそう言うと慎弥さんは苦笑して、独り言のようにこう付け加えた。
「まあ昔は…いろいろあったみたいだよ」
「いろいろ………?」
「奈々子ちゃん、大人になるとね」
小さな子どもを諭すような声で告げられる、言葉。
「知らなくていいことが増えるんだよ」
それを聞いてもなお質問を続けるなんて、あたしには到底無理な芸当だった。
「あ、そうだナナちゃん。今度、二人だけで飲みに行かない?」
あたしが黙り込んでいたら、急に少しいたずらっぽい口調になって、慎弥さんが言った。何か、上手くはぐらかされたような気がする。
「ご遠慮しときます。悠莉に殺されかねませんからね」
「あたしがどうかした?」
悠莉が席に戻って来たから、この話はおしまい。だけどその代わりに。
「慎弥さん、悠莉のこと、あんまり悲しませないでくださいね。能天気に見えて、あれで結構脆いトコあるから」
慎弥さんだけに聞こえるように、すばやく囁いた。一瞬向けられた彼の目は、「分かってるって」と言っているように見えた。
知らなくていいこと、ねぇ。
あれから月森さんともいろいろあって、今は何となくその意味が分かる。大体あたしが月森さんと別れた理由だって、悠莉にとっては「知らなくていいこと」なのだ。まあそうは言っても、ある程度は知ってるんだろうけど。
知りたくもないのに、何も言わなくても態度で分かってしまうことがある。逆に、知ってもらわなきゃいけないのに、どんなに言葉を尽くしても伝わらないことだってある。
偽りの言葉は真実と受け取られた。真実の言葉は最後まで、伝えることができなかった。
「今でも、大好きです」
たったそれだけのことが、何故言えなかったのだろう。
+ + + 14th Track + + +
「でさあ、何で『遺作』ってタイトルだったわけ?」
そういえばその話、完全にすっ飛ばしてた。本当に、些細なことなんだけど。
「月森さんと慎弥さんは、瞳華さんのこと分かってたみたいなんだよね。だから、二人だけになった時のために、前々から二人だけの作品を作ってたらしいんだ」
二人だけという言葉に反応して、悠莉が顔を少ししかめた。
「だからね、半分実験みたいな感じだって、言ってた。一回きりのね。一生で一回きり。だからそれが最後の作品になるわけじゃない? それで、遺作」
あたしは、悠莉の反応をうかがう。
「そういう考え方も、あるんだね」
ふいに悠莉が口を開いた。
「あたしは遺作って名前は……人生最後の最高傑作につけたいな」
実は、あたしも同感だった。
「でもゆりっぺの場合、作品って何なの?」
ふとそう尋ねると、悠莉はなんだか意味深に微笑した。
「なーに? 何かあるんでしょう?」
「うん。実はね……」
聞き返したらすかさず答え始めたところを見ると、おそらく本当は、ずっと言いたくてしょうがなかったのだろう。だけどあたしが月森さんと別れたことを知って、ずっと気を使ってくれてた、ってところか。
「あたし今度、新しい音楽雑誌の編集長になったんだ」
「えぇーっ? ほんとに?」
「本当だってば。もちろん、ナコ姉にも協力してもらうつもり。それに、あの人たちにも、ね」
びっくりした。でも、いいニュースには間違いない。
「そっかー。じゃ、一緒に『遺作』を作りますか?」
「ナコ姉、気が早いって。もう人生最後の仕事にするつもりなの?」
確かにね。だけど願わくば、最後の作品まであの人たちを撮り続けられますように。
そんなことを、あたしは静かに願った。
+ + + Last Track + + +
月森さんは、あたしの「恋人」という名の遺作なのかもしれない。もう恋なんてしない、なんて言うわけじゃない。ただ、もうあんなに誰かを愛することはないと思う。
自分をも相手をも傷つけ、傷つき、涙した。それほどにまでなっても手に入れたいと思うものなんて、今のあたしにはもう見当たらない。
あたしは月森さんとケリをつけて、悠莉は慎弥さんと別れて。失恋した女二人、今は新しい毎日を生きている。
さてと。今度あの人に会う時は、どんなことを話そうかな。
fin.
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高校の頃、学校の文芸部で小説を100ページ書けば単行本を作ってもらえるというのがあって、その本のタイトルが「遺作」でした。
これはその、タイトル作。
昔のPNでの、最後の作品だったので。あの名前での“遺作”だったわけです。
音楽や野球など、好きなものを一杯書けたので非常に楽しかったです。
ただ実を言うとこれ、昔書いてた同人小説の後日談だったりもします。
ついでに言うと、女性陣の名前は全てアーティストの名前を微妙に拝借していたりします。
瞳華の失踪の理由はまぁ、彼女も公にできない恋愛をしていたとか、それでその相手が不治の病になってしまったとか、色々想像は膨らむんですが。
個人的には慎弥さんがすごくお気に入りなんで、時間があればまた書いてみたい人たちではあります。