●●○真夏のデ・ジャ・ヴ〜遥かなる命の詩<うた>〜 -7
「萌葱」
久しぶりに、本当に咲麗から名を呼ばれた気がした。
「結構、迷惑かけたよね。ごめん」
萌葱は黙って、首を横に振った。
「萌葱は純麗ちゃんのこと、全然覚えてなかったはずだよね。っていうか、あたしも今の今まで忘れてたけど…」
済まなそうに付け加えた咲麗に、劉真が苦笑交じりに返す。
「俺も、一昨日まで忘れてたよ」
「ってことは、あたしが記憶喪失にならなかったら、純麗ちゃんはあたしたちに思い出してもらえなかったのかな?」
咲麗は少し茶化して言ったつもりだったかもしれないが、さすがにこれは笑えない。
「ていうかさぁ、何がきっかけで倒れたわけ?」
ふと、劉真が尋ねた。葬儀会場はどこもある程度同じ雰囲気だったとはいえ、今まで何度か葬式を体験したのに思い出すことがなかったのは不思議ではある。
「何だろう…?」
天井を見上げて、咲麗は少し考える素振りを見せる。
「笑瑠の姪っ子が、お棺に花を投げ入れた時かな。うん、そうそう。純麗ちゃんのお葬式の時の、自分の姿とダブったんだと思う。純麗ちゃんの名前にちなんで、お棺の中、菫の花で一杯にしてあげたんだよね。あれって真夏だったのに、よく菫咲いてたと思わない?」
「凄い記憶力だな、おまえ。なのに何で、今まで純麗のこと忘れてたの?」
劉真はその記憶力に本気で呆れていた。
「あ、あとね、お葬式の時に誰かがあたしのことをずっと見てたの。確か純麗ちゃんのお葬式でも同じように、誰かが見てたような気がするんだけど…。それにもちょっと、デ・ジャ・ヴを感じたかな」
「それって、劉真さんじゃ…?」
最初に会った時、咲麗のことをずっと監視していたと言っていたことを思い出し、萌葱が尋ねた。ついでに誰かに頼まれていたわけではなく自分の意思でそれを行っていたことにも気付き、ちらりと劉真の方を見遣る。
「あ、そうだったんだ。全然気付かなかったよ、あの時。――あれ? もしかして、純麗ちゃんの時もあたしのこと見てたのって、新出くん?」
「じゃああれか? おまえが純麗の事を思い出せたのって、俺のおかげ?」
「そうとは言ってないでしょ」
咲麗がくすくすと笑った。
何だか久々に咲麗の笑顔を見た気がして、萌葱は少し嬉しくなった。
「あ、そうだ」
不意に、咲麗が声を発した。
「新出くん、誤解してたみたいだから言っとくね。この写真の女の子、あたしじゃなくて純麗ちゃんなのよ」
そう言って指で示したのは、写真の右端の女の子だった。
「嘘?」
「本当よ。他人にはよく分からなくても、双子同士にはどっちがどっちなのかくらい、すぐに見分けつくんだから」
「てことは…」
この写真は、劉真の両親が残しておいたものだ。
「うちの親、気付かないで純麗の写真を残してたってことか」
劉真は思わず苦笑を漏らした。
* * *
咲麗の記憶が戻ったことを医師に告げると、すぐ明日にでも退院していいということになった。
そして、ついでに純麗のことを尋ねてみた。
「そうか、思い出したのか……」
そのことを聞いた医師は、まずとても複雑な表情をした。
「存在自体を隠すのはどうかとずっと思っていたんだが、ご両親は結局教えてなかったんだね。でもまぁ、もうこんなに大きくなったんだ。時効だろう」
「先生は純麗ちゃんのこと、よく知っているんですか?」
咲麗が尋ねると、医師は親切に教えてくれた。
「ああ。君たちが生まれたのもこの病院だし、風邪をひいたりするたびにここに来てたからね」
そして純麗がどんな子どもだったか、詳しく教えてくれたのだった。
最後に、
「君たち、純麗ちゃんのお墓、行ってみるかい?」
と尋ねられた。
三人が揃って頷くと、医師はその場所を教えてくれた。
「もう十七回忌も過ぎたからね、一度くらいは参ってあげるといい」
その言葉に従い、次の日、三人は純麗の墓参りに行くことになった。
* * *
純麗の墓は、墓地にはなかった。確かに遺骨は鶯花家の墓に入れられたそうなのだが、墓石に名前は彫られていない。それとは別に両親が、純麗の写真や好きだったおもちゃなどをひとまとめにして埋めたというのが、医師の教えてくれた墓だった。
――ずっと一緒に大きくなれるようにって、この町が見渡せる場所に作られたんだよ。
医師の言葉通り、それは町が一目で見える高台の丘にあった。さすがに墓石というほどのものはなかったが、目印となる三十センチ四方の石版が埋められていた。
「確かにここからなら、いつでも俺たちのことが見えてたんだろうな」
劉真が言った。
「本当。ここでずっと、純麗ちゃんはあたしたちのこと、見ててくれたんだね」
咲麗が頷く。
三人はその石版の前に並び、手を合わせた。そして、少し大きめの花束を供える。もちろん、その中には菫の花も入っている。
「純麗ちゃん……」
ぽつりと、咲麗が呟いた。
「私、二十歳になったよ。もう、大人なんだよ」
あれからもう、十七年も経ってしまっただなんて、信じられない。気付かないうちに、年を取りすぎてしまっていた。こんな私たちを、三歳で時が止まった純麗ちゃんはどう思っているのかな。一緒に大人になりたかったね。
言いたいことはたくさんあるけれど、言葉にはせずにおいた。萌葱も劉真も、それぞれ純麗に言いたいことはあったようだが、やはり何も声に出しては言わなかった。
しばらく三人でそこにうずくまっていたが、やがて誰からともなく立ち上がる。誰も何も言わないまま、三人で並んで町を見下ろした。
「姉さん?」
「何?」
不意に、萌葱が咲麗に呼びかけた。
「俺、姉さんに純麗姉さんのこと思い出させるのは反対だったんだ。あまりに酷すぎるんじゃないか、って。でも、今は全然後悔してないよ。むしろ、よかったと思ってる。だけど姉さん自身は、思い出せてよかった?」
咲麗は町の方を向いたまま、ゆっくりと答える。
「当たり前じゃない。このまま一生純麗ちゃんのことを思い出せなかったのかと思うと、ぞっとする。――ごめんね、純麗ちゃん。こんな薄情な弟で」
「俺のことはどうでもいいだろ」
半分ムキになって言い返す萌葱を見ながら、劉真は苦笑を漏らす。
「相変わらず仲がいいのは分かったから、姉弟喧嘩は家に帰ってからしろよ」
もし純麗が生きていたら、三人はどんな姉弟関係を築いていただろう。
だけどそれは、意味のない疑問。今更もしもの話をしても、純麗が帰ってくるわけではない。劉真は軽く頭を振って、その考えを追い払った。
「さてと」
やがて仕切りなおしとばかりに、劉真が声を発した。
「それじゃ、帰りますか?」
それぞれの、日常に。
その言葉を合図に、三人は純麗の墓に背を向けて歩き出した。
fin.
----------
タイトル先で作った作品。
サブタイトルは、葬式を舞台にしようと思ったときに決めました。
“真夏”といえば、“葬式”なんです、私も。
というか、萌葱の話した曽祖父母の葬式は実際に私が体験したものをモデルにしています。
身内の皆様、ごめんなさい。
ベタなストーリー展開なので、できるだけ人物の感情の変化や話のテンポを大切にしながら書いてみました。
そしたらなかなか話が進まなくて、結局書きあがるまで三ヶ月くらいかかりましたが(^^;
私にしてはストーリーがはっきりしている話になったので、個人的には結構好きな作品です。