●●○PERFECT MUSIC 1
誰カ私ヲ助ケテ。
ココカラ私ヲ連レ出シテ。
タダ、自由ニ歌ヲ唄イタイダケナノニ……。
* * *
今日も若者たちでにぎわう、HMV渋谷店。その店内に突如、店内放送をかき消して奇声が上がった。
「きゃあ、3A(スリーエース)だあーっ!」
皆が騒然とする中、その女性はただただその場に立ち尽くし、おろおろするばかりであった。
「どうしました?」
店長らしい男性が、彼女のもとに駆け寄る。彼女は黙って、平積みにされたCDの山の上から四枚のカードを差し出した。
トランプのハート、ダイヤ、スペードそれぞれのエース、そして文字の書かれたものだ。
“今度のターゲットは、春日柚乃。近日中にいただきます。]”
「ついに春日柚乃か……」
カードを読み、いまいましげに呟く。
逆に、集まってきていた野次馬たちは、とても楽しげな顔をしている。
そう、まるでこれから始まるショーを、今か今かと待ち望むように。
3Aという呼び名は、予告状と共に残してゆく三枚のエースのカードから、誰ともなしにそう呼ぶようになった。
このように予告状を出しては三日以内に都内大手のレコードショップからターゲットのCDを盗み出し、街にばら撒いてゆく。
ただの愉快犯かとも思われていたが、何故かターゲットにされたアーティストはその後、漏れなく所属レコード会社から移籍していた。
数年前にも同じことを行なっていたグループがあった。
ただし、彼らは四枚のトランプを残していたため、Fore Cardと呼ばれていた。
その手口の酷似から、同一犯だという見方が圧倒的だが、真実は明かされていない。
彼らについて分かっていることといえば、予告状の文字とキスマークから女性のメンバーがいるらしいこと、CDをばら撒く時の目撃証言から三人以上で構成されているということくらいだ。
今回3Aが目をつけたのは、若干十八歳の天才歌姫、春日柚乃である。
天使のような美しい歌声とその愛らしいルックスが受けて、現在最も人気のあるアーティストといってもよいほどだ。
だからこそ、レコード会社とレコード店にとっては大打撃のため、何としてでも犯行を防がねばならないのだ。
* * *
その翌日、都内最大規模といわれるレコーディングスタジオ、Rainbow Houseにて。
メインの七スタジオ、Red・Orange・Yellow・Green・Blue・Indigo・Violet roomを通り過ぎ、廊下の一番奥にある立ち入り禁止の札のかかる部屋へ入る、女性の姿が会った。
彼女の名は、撫川(なつかわ)飛鳥。作詞家として多くのアーティストにかかわる人物だ。
どうしてその彼女がこんなところにいるのかと言うと――。
「おはよー、秋元さん」
不意に声を掛けられ、部屋の中にいた女性が長い黒髪をなびかせて振り向いた。
秋元と呼ばれた彼女、そのフルネームは秋元由香里という。
「撫川さん、遅刻ですよぉー」
そう言って、くすくすと笑う由香里。
「あれ、相沢さんは?」
由香里の言葉を受けて、飛鳥は部屋を見回した。
「飛鳥、遅い」
不意に声がしたので振り向くと、そこには編曲家兼ギタリストとして(裏で)活躍する、相沢裕輝(ひろき)の姿があった。
「飛鳥と違って、俺も由香里も今忙しいんだから」
由香里は現在作曲家として活躍中だが、コーラス参加をしたり、さらには近々何やら企画盤への参加も決まったため、多忙の毎日である。
「だったら3A、一旦休止でもすればいいのに」
「そーいうわけにもいかないでしょ」
裕輝が溜息を吐く。
そう、この部屋は3Aが本部として使用している秘密の部屋、通称Crystal roomである。
「今回は仕方ないんだ。春日柚乃の裏を取るのに時間食って、その間に由香里の話が決まったんだから」
「……ごめんなさい、裕輝さん」
由香里が恐縮して、頭を下げる。
「別に、由香里を責めてるわけじゃないよ」
それよりも、と裕輝は二人に数枚の髪を差し出した。
「これ、Silky Wayの見取り図。ここに、立ち入り禁止の部屋があるんだけど……」
Silky Wayは、春日柚の野所属レコード会社だ。
裕輝は建物の端に位置する、ひとつの部屋を指差した。
「おそらくここに、春日柚乃がいる。一歩も外に出てこないみたいだったから、多分、監禁されてるんだろうな」
「見張りは?」
「俺が行った時はいなかったけど、多分親玉自らお出ましになるんじゃないか?」
「親玉?」
由香里の問いに、裕輝は一様の写真を見せた。そこにはスーツ姿の、中年太りしたオヤジが写っていた。
「絹谷康男、五十二歳。デビュー当時からの、春日柚乃のディレクター」
「こいつもやっぱり……?」
「Ai-be(アイ・ビー)の一味には間違いない」
Ai-be Groupは、3Aの敵である。
彼らは様々な手を使い、アーティストの人格を否定したやり方でCDを売ってぼろ儲けしている一団だ。
その魔の手からアーティストを解放するのが、3Aの真の目的なのである。
そして彼らの調べによると、現在国内アーティストの約五割の背後には、Ai-beがいると思われる。
つまり、彼らが予告状を出すのは、このAi-beを誘い出すためなのだ。
「で、今回の作戦は?」
由香里の質問に、裕輝は腕を組んだ。
「Silky Wayのセキュリティーは完璧だから、普通に侵入は無理。となるとやっぱり、換気扇から空調辿って入るしか、手はないな」
見取り図を指し示しながらの裕輝の説明に耳を傾けていた飛鳥だったが、由香里にではなく自分に対して説明されていることに気付き、不意に顔を上げた。
「ちょっと待って! この部屋って、十階でしょ?」
「そうだけど」
「じゃあ、換気扇から侵入って……」
「怖いのか?」
冷ややかな笑を浮かべながら、裕輝が尋ねた。
この三人、職業柄(もちろん本業ではなく、3Aの方である)常人以上に運動神経はいいのだが、飛鳥だけは他の二人に比べて高いところが苦手なのだ。
といっても、飛行機や高いビルなどは平気なのだが、高い吊り橋だとか命綱一本での侵入は駄目という程度なのだから、日常生活には大して支障がない。
「やっぱりここは、身軽な由香里ちゃんが行くべきよねぇ。ね、秋元さん?」
「え、あ、まぁ……」
妙な猫なで声に薄ら寒いものを感じながらも、由香里は相槌を打った。
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