●●○PERFECT MUSIC 2
「じゃあ裕輝さん、今回は私が……」
「行くわけにはいかないんだよ」
由香里の言葉を遮って、裕輝が言った。
「奴等の話からするとどうも、春日柚乃は監禁されている上、機械につながれてるらしいんだ。それも、意識や感情まで左右できる特別な奴にね。だから、下手に手出しするわけには行かないんだよなあ、これが。――というわけで、この中で一番機械の扱いが上手いのは、誰だっけ?」
裕輝がじろりと二人の方を見た。由香里はちらりと飛鳥に視線を送り、飛鳥はぱっと視線を逸らした。
けれどやがて観念したのか、ゆっくりと息を吐いた。
「……相澤さんだって、音楽機材とシンセサイザーの扱いは上手いくせにぃ………」
「俺だって、お前にそーいう特技すらなかったら、とっくにメンバーから外してたよ」
そんな冗談とも本気ともつかない言葉を口にした裕輝に、由香里が目を丸くした。
「裕輝さん、だったら2Aになっちゃいますよぉ」
「冗談だよ、冗談」
このように、気が強くて少しわがままだが、機械の扱いは天下一品の飛鳥。
それとは逆に純粋で素直だが、運動神経抜群で身軽な由香里。
そして頭の回転が速く、少々強引なところもあるリーダー、裕輝。
こんなバラバラな性格の三人でも、何とかずっと一緒に仕事がやってこれたのは、ひとえに彼らの音楽への純粋な愛ゆえだろう。
尤も、以前はもう一人、メンバーがいたのだが。
「あーあー、こんな時、桐原さんがいてくれたらなぁ……」
「撫川さん、それは言いっこなし」
飛鳥のぼやきを、由香里がぴしりと打ち消した。
「麻人がいないのは、活動再開した時から分かってたことだろ?」
裕輝までが強い口調で言い切ったので、飛鳥は黙るほかなかった。
彼、桐原麻人は、ロックバンドBLUE WINGSのヴォーカリストであり、以前の彼らの仲間である。
けれどひょんなことでバンドのメンバーにそのことがばれ、バンドかFore Cardのどちらかを選べといわれたため、やめざるをえなくなったのである。
やっている方は善のつもりでも、Ai-beのことを知らないものにとっては、彼らの行為は悪でしかないということだ。
「まあ、そういうわけだから、今回俺と由香里は盗み担当な。お前一人でやばいようだったら、後から応援行くから」
「O.K、リーダー」
そういうわけで、飛鳥は渋々納得したのだった。
* * *
その夜のこと。
とは言ったものの、飛鳥はかなり弱気であった。
Silky Wayの本社ビルの屋上から、春日柚乃がいると思しき階下を見下ろしたまま、決心がつかずにいた。
窓が空いているとかなら、まだよかったのだ。
けれど今回は、一番苦手な、換気扇からの侵入である。
セキュリティーの目は完全に逃れられるが、命綱に繋がれたまま蓋の螺子を外さなければならない。
(しっかりしなさい! あなたは撫川飛鳥じゃない。3Aのダイヤよ!)
そう、ここで怖気づくわけにはいかないのだ。目標を果たさなければ、今ごろ都内のレコードショップを回っている裕輝をと由香里、いや、スペードとハートに申し訳ない。
慎重に壁を下り、飛鳥は計画通りに換気扇の蓋の螺子を回し始める。
けれど高さの恐怖のためか、手が震える。
なかなか螺子が外れない!
「誰か来たらどーすんのよぉ! って、焦っちゃ駄目、焦っちゃ駄目」
自分を落ち着かせようとするが、気は焦るばかりである。
「――やった!」
幸い誰にも見つからず、空調パイプの中に入り込むことができた。とりあえず、第一関門クリアである。
飛鳥は頭の中にSilky Wayの車内見取り図を広げ、春日柚乃のいる部屋を目指し、パイプの中を這っていった。
あの恐怖さえなければ、飛鳥にとって侵入は楽しいものなのである。
娯楽なのである。
とか言ったらまた裕輝に怒られるので、言わないけど。
「ここかな?」
がこん、と蓋を外して、飛鳥はそこから頭を出した。
月明かりにぼんやりと部屋が照らされていた。
その部屋の中央に何やら大きな機会(医療器具のようにも見える)があり、その周りのいくつかのコンピュータに、コードが繋がれていた。
そしてその機械の中でヘルメットのようなものをかぶせられ、身動きすら取れない状態にされているのは………。
「びんご!」
春日柚乃の姿を確認した飛鳥は、ひらりと部屋の中へと舞い降りた。
「全く、酷いことするわね……」
柚乃を包み込む機械を詳しく調べながら、さすがの飛鳥も顔をしかめた。
柚乃にかぶせられたヘルメット状のものがおそらく、彼女の意識や精神に影響を与えているのだろう。
繋がれたコンピュータから情報を与えることにより、柚乃は歌を唄う。
勿論、音を外したり歌詞を間違えたりということはない。
そしておそらく、この機械で柚乃にPVの演技までさせられるのだろう。
こうして、春日柚乃の完璧な音楽は出来上がっていた、ということか。
「可哀想に……。でも大丈夫。今、助けてあげるから」
意識のない柚乃に飛鳥はそう語りかけ、慣れた様子で機械を外しにかかった。
が、その時だった。
「そこまでだ、小賢しい鼠め!」
「きゃっ!」
拳銃を持った男が現れた。間一髪で銃弾を交わした飛鳥は、男の方へと向き直る。
「きっ絹谷康男!」
「ほう、わしのことを知っているようだな」
「知ってるも何も、……あなた、Ai-beの一味でしょ?」
「そういうお前は、3Aの一人だな?」
「だったら………どうだって言うのよ?」
「始末するまでだ!」
絹谷はもう一度銃口を飛鳥に向け、発砲した。
今度は銃弾が、飛鳥の肩を掠めた。
思わず蹲って肩を押さえた瞬間、みたび絹谷が銃口を向けた。
いや、今度は柚乃を狙っている!
「だめぇ!」
飛鳥が叫んで柚乃の前に体を投げ出したのと、銃声が響いたのは、殆ど同時だった。
けれど銃弾は全く別の方向の壁にめり込み、絹谷は銃を落とし、顔をしかめて手を押さえている。
「おのれ!」
銃を拾った絹谷が、部屋の入り口の方へ銃を向けた。
その先に立っていたのは――一人の男だった。
男はひらりと身をかわし、一枚のカードを絹谷に向かって投げつけた。
カードは刃物のような鋭さで闇を切り裂き、絹谷の銃を跳ね飛ばした。
「あなたは………!」
飛鳥は混乱した。
「早く、その銃を拾って、こいつを撃って!」
男が叫ぶ。飛鳥は言われたとおりに足元に転がってきた銃を拾い上げ、発砲した。
一発の銃声。銃弾が、絹谷の脚に命中した。
――が、絹谷は倒れなかった。
next.