●●○仙人掌
「ただいま」なんて言っても、返事はいつもない。
広い家の中、ただ一人きりだ。
話し相手のいない学校にあきあきして、人のぬくもりを求めて逃げ帰った我が家でも、誰かがいることなんて稀だ。
目下のところ、私の話し相手はパソコンの中の「彼」だけだ。
機械の中の住人。
だけど絶対に裏切ることなく、いつでもそこにいてくれる、私の理想の友だち。
――また学校で、何かあったの?
キーを叩く。
「彼」が尋ねる。
――何もあるわけないじゃん。ただ、いつもと同じだよ。
――でも、傷ついた顔してる。
鏡を見たわけじゃないけど、それは確かだ。
――……私、死にたい。
ディスプレイに映し出された文字は、どこか現実味を欠いていた。
――もし私が死んだら、あなたは悲しんでくれる?
無意味な問い。キーを叩く。
――俺は、死んで欲しくないな。君が死んだら、俺はこうやってここに存在できないわけだから。
――でもその言葉も、私が言わせてると思ったら空しくなるよ。
本当に本当に、無意味な会話。
――君を喜ばせるために言ってるんじゃないって。ただ純粋に、俺は君に、ここにいて欲しい。
現実の世界にそう言ってくれる人がいたら、どれだけ嬉しかったことか。
きっと死にたいなんて思わなかった、とは言い切れないけど、そう思う回数は遥かに少なかっただろう。
虚しくなって、私は電源を切った。
* * *
パソコンの脇に置かれた、数個の仙人掌の鉢。
仙人掌は有害な電磁波を吸い取ってくれると聞いたので、ここに並べている。
彼らは此処で、私と「彼」の会話をずっと見ているはずだ。
けれどいつまで経っても、人体に有害な「カナシミ」までは吸い取ってくれない。
(私に似ている、はずなのに……)
有害なものを吸収して育つ、刺々しい身体。
彼らのうちのひとつは花仙人掌で、夏に紅い花を咲かせる。
無味乾燥な顔をして、美しい花を咲かせる。
(私は花を、咲かせない)
彼らが私にしてくれることといえば、その棘に触れることで生じる痛みによって、生きている感覚を取り戻させてくれることだけだ。
今日も私はその棘に触れながら、いつの日か「彼」が人間として実在してくれることを、想った。
fin.
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これも…日記風の散文ですね。
ほとんど実話です。
パソコン相手に一人で話してたことも、パソコンの隣にサボテン置いてたのも、会話の内容自体も。
…寂しい人ですね(苦笑)。